老人介護のエピソード

 

(6)何とか自立歩行ができるようになった

 脳梗塞で入院してから毎日病院へ見舞いに行った。

病院からは大変なので毎日でなくてもいいとは言われたが、口には出さないが親父の喜ぶ表情が見てとれた。退職もしたことだし遊んでいるのももったいない、だからといって家にいてもそれほどする仕事もないので、余暇を利用して何かボランティアでも始めようかと思っていた。それに気になっていた例の会社の重役に現状報告をしないと、梨の礫(つぶて)では失礼である。

 その重役が通常在籍する大阪支社に電話をした。すると、ちょっとついでがあるからと大阪から新幹線でやって来るという。実家も古い家だからと空港のレストランで話をすることにした。実はそのためにわざわざであることはその時に判った。何故なら話が終わると、山口の土産を買っただけで飛行機でさっさと帰って行かれた。「空いた時間だけでいいので、どうしても勤めて頂けませんか?」とのこと。給料は前職の倍出すと好条件。

ひと先ず即答は保留して親父に相談したら、「そりゃ~ええことじゃ、無理をせん程度に、やっちゃれや!(仕事をしてあげなさい)」であった。私も条件の「都合の良い時だけ」が気に入った。後日会社に連絡、東京の出先支店に行って、例の重役と取締役、部長職がそれぞれ2人計5人と面談、役職は営業技術部長ということでで即了解。

といっても実務は90%以上が設計業務で、たまに営業マンのお供をして、私の得意な分野で、会社の知見は優れており詳しく知っているらしくアッピールをする、いわゆる営業マンを技術面でバックアップする程度である。

 しかし、いい加減な勤め方をして多額の報酬をもらうのは、どうしても私の性分に合わない。

そこで、こちらから逆条件を提示し「都合のいい日に、働きたいだけ働くことにして、正社員でなく個人事業主に…、給料はガツガツ働く必要もないので時間給にして、それも1/3で結構です」と、報酬は自ら先方の提示額より思いっきり減らした。こんな契約者も世間にはいないだろうが、後で社員に話したら「何ともったいない! もらっておけばいいのに…」と誰もが羨ましそうに口を揃えた。

 3か月の入院生活が終わり、今度は3か月間のリハビリが始まった。

相変わらず実家にいる時は毎日病院に行く。病院では、夕食介護のお手伝いもする。始めは私に椅子を勧めたりお茶を出してくれたりしていたが、そのうち他の見舞客も私の真似をし始めた。

患者数は数10名以上居て、逆に見舞客が業務の邪魔になる。それに見舞いの居ない患者の方が多いし他の患者への配慮もあり、そのうち病院から見舞客の食事介護は中止勧告が出た。

 本来完全看護システムなので全く何もしなくても済むのだが、私の場合は病衣以外、下着やフェイスタオル、バスタオル、病院からの注文品(入浴用石鹸、シャンプー、他など)も毎日交換や持参で行く。見舞いのない患者は10日に一度も来ないようである。私の行動はリハビリ病棟中に知れ渡ってしまったようだ。時折パソコンを持ち込み、親父にいろいろな画像や動画を見せていたら、パソコンの使い方やDVDのダビングはどうしたらいいか、学会の発表に使う Powerpoint に関する質問まで実家へ電話がかかるようになった。

 そうこうしているうちにお蔭で何とか自立歩行ができるようになり、無事退院ができることになった。


ところが、退院した日その日のうちに事故はまた起こった。

 

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