老人介護のエピソード

 

(24) 脈が止まりそうになるんです・・・

 多くのお年寄りが冬場や夏の暑い時に風邪を引いたり体調を崩したりするものである。風邪は万病の元と言われるように、体力を消耗するので老人にはよくない。親父は若い時から風邪を引かないのが自慢であり、私やお袋が風邪を引くと、いつも笑われているほどだった。その親父が風邪は引かないものの、この半年位で徐々に体力が落ちてきている。風呂に入っても、食事をしてもなんとなくそんな感じがするから不思議である。それに尿失禁の回数も増えてきた。本人は意識して早目にトイレに行こうと努力するが、どうも間に合わないことが多い。小便の方は漏れてもあまり問題にならないが、大の方は何かと手間を必要とする。

 それでいて親父が居室から出た際に、直ぐに駆けつけると、「ついて来んでも、ええっ!」と半分怒り気味に言うが、「お父さんが倒れて怪我をしたり、服や廊下・トイレ内を汚して困るのは、僕なんだからね!」と言って返す。センサーにより私の居室のチャイムが鳴ると、24時間いつでも親父の歩行、トイレ内での衣服の着脱、お尻の清浄化に立ち会う。

 

早期発見、早期対策が楽に介護をする常道である。たまに居室の呼び出しボタンで呼ばれて行くと、「寒くてしょうがない! 布団がどっちに向いちょるやら判らん。」というのでよく見ると、長い布団を横に掛けている。片方の手が不自由でいつも同じように掴んでいるうちに、90度向きが変わってしまうらしい。布団は新品も含めて売る程あるが、親父のためにヨーロッパ製の高級羽毛布団を折角買ってやったのに、それでは全く意味をなさない。

 いろんな面で徐々に体力は落ち、動作も以前より遅くなってきている。頭だけは正常なようだが、体は限界に近づいているのだろう。ある日そんな親父が腹が痛い、頭もフラつく、ムカつきもあるという。これまでの経験から直観した、腸閉塞である。すぐに着替えさせいつもの病院へ連れて行った。今回は時間的な余裕を感じたので救急車は呼ばず、親父が自分の介護のために私に買ってくれたセカンドカー(軽自動車)を利用した。病院の診察結果は、私の判断と同じである。医者でもない私だが、門前の小僧、習わぬお経が読めるとはこのことかも知れない。経験を積めば素人にも多少の判断できるようになる。

ところが、入院させるのに1泊16,000円の部屋しかないと病院側の説明。

 「構わないですからそれを使って下さい」と了承、入院することになった。それでも病院側も気にして、2日間だけで3日目には、8,000円の部屋に移動できた。16,000円の部屋はどんな人が入院するのか、ソファーや応接台が複数あり、ざっと20人は楽に入いることのできる大きな部屋である。部屋からの眺望も実にいい、お金持ちになった雰囲気である。

 担当看護士から在宅時の本人の能力的な様子や介護の様子をヒヤリングされた。看護士は「何十年もこの病院に居て、そんな患者さんは初めてです。それで本当に要介護2ですか? よくあなた独りで介護なさっていましたね。」と驚いていた。オマケにその睡眠時間がない状態で、大学の勉強もしている、無料パソコン教室もしていると聞いてさらに驚き、あっ気にとられていた。

 

介護慣れしていない看護士が殆どだから2週間の入院中、またまた転倒事故はあったが怪我はなかった。2週間と長くなったのは、親父に不整脈や除脈が見つかったためである。スポーツ選手なら許容範囲の除脈も一般人なら要注意(この辺のことは、大学の授業でも習った)とのことで、暫く様子を見たいとのことであった。ナースセンターに近い部屋を与えられ、24時間心電図監視モニター用の(電極)センサーがつけられ、病室内でも見られるようにしてあるが無線でナースセンターにも送信されている。
24時間の完全看護だが、私は毎日見舞いに行った。こんな家族も殆ど例がないようである。以前の認知症の件があるので、同じ病院で二度と同じことは起こさせまいという執念もあった。例によってタオルや下着、病衣など洗濯物は毎日持って帰り、次から次へと交換した。病衣も指定のものがあるが病院のものより良質で親父の好みのものがあり、特別に認めてもらっていた。(本当は指定のものを利用すると、70円/日の病院側の売り上げに貢献するのだが・・・)

 入院中は夜中に異常警報が鳴り、当直看護士が慌てて駆けつけてみると親父は何事もないように寝ているそうである。看護士には、一見死人のように見え、驚いて体を叩いて起こすと「ハイ!」と普通に返事が返ってくることが度々だそうだ。詳しく状況を尋ねてみると、「時々脈が止まりそうになるんです」とのこと。近頃の監視装置はそのような状況になると、自動で警報を発するらしい。自宅ではそんなモニターは付けていないかから気づくことはなかった。経験の浅い看護士の場合だと、度々では心臓に良くないことだろう。ところがそんなことが何度もあり、親父にとっては特別異常ではなく、普通の状態であると認識されることになったようだ。

 さて、新しい制度では患者は1日でも早く病院から追い出す制度に変わっている。この件は、読者の皆様もご存じの方が殆どであろう。そこで病院から「もう少し病院に居てもらって、じっくり観察し、診療したいのですが、一応半月もすぎましたし・・・」と、いかにも申し訳なさそうに退院の勧告を受けた。私はすぐに政府の方針であることは授業でも習い知っていたし、病院も従わざるを得ない事情も判るので快諾はした。が、これまで自宅で歩行器を使いながらも自力歩行していたのだから、リハビリをしてもらってからでないと退院したら寝たきりなったでは困ると条件を付けた。リハビリ病棟に移動し、またリハビリテーションが始まった。

だって、本人の意志に逆らってトイレにも行かせないでベッドで用を足させるのが今の病院である。つまり、人手不足でのんびりトイレ介護なんかできないシステムになっているんだもの。歩けなくなった責任とってよ!


自宅での介護は無理です。危険を伴います。

 

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