老人介護のエピソード

 

(18) 親父のボケないための愛読書

    ミシン室が親父の勉強スペース
    ミシン室が親父の勉強スペース

 親父は何でも大変な努力家であることは確かである。子供の頃に「少しは父さんを見習いなさい!」とよくお袋に言われたものだ。脳梗塞で倒れる前の独り暮らしをしている頃に、他人に迷惑をかけないで自分で何でもできるようにするための幾つもの工夫をしていた。

ゴミ出し一つにしても、実家から数百m離れたところまで運ばなけれいけないが、介護などの援助を受けることなく、電動車椅子の足元に天秤状のものを作り真夜中に自分で運んでいた。つまり、自動車が走らない時間でないと、交通の邪魔になるからである。それでも夜中に自動車と遭遇することもあり、今度は牽引式のゴミ運搬車を作り運んでいたようだ。私が車の処分をし電動車椅子にしたものだから、「速度が遅くて使い物にならない!」と従弟に愚痴を言っていたそうである。90歳近くになってもその想像力は衰えることはなく、実家には沢山の生活を工夫した遺作がある。

 それ位の親父だから脳梗塞で倒れて延べ6か月の入院生活で認知症になったものの、私の努力の甲斐もあってか完全に頭が正常に戻ってからは、またその発想が始まった。それが本人曰く、「ボケないための努力」である。

初めに言われたのが「大学ノートを何冊か買(こ)うて来てくれや~」である。字を忘れそうなので書いてみるためだと言う。若い頃から仕事柄漢字を多く使っていたこともあり、生き字引のような人間で90歳を過ぎても、私が書けない漢字の読み書きができるほどであった。読む書きする漢字は「広辞苑」で、しかも辞書の1ページ目からノートに隙間がない程びっしり書いていく。字もしっかり私よりうまい字で書いている。

 ある日、この辞書に「○○という新語が出ちょらん(出ていない)!

今年新版が出ちょる筈じゃけぇ、買うて来てくれや~」と言う。

 90歳になって新しい言葉を覚えて、いまさら何に使うの?

 それに一つや二つ新語を知らなくてもいいじゃないの?

と思うのだが、折角本人がヤル気でいるのだから、素っ気なく拒否するのも可哀想だと思い新版の広辞苑を買ってきた。決して安くはない。しかながら

人間、ヤル気が無くなったらお終いである。体は弱り、頭はボケ、即ち老化の一途を辿るのみである。だからまだいい方であろう。こんな調子で買わされたものは、まだある。指の運動にと大正琴も買ったが、都会ではないので楽器店も少なく高い買い物になった。後で調べて分かったことだが古い大正琴や三味線が教則本とともに押入れから出てきた。三味線はお袋が生前やっていた記憶がある。やっとのことで、探して買ってきた大正琴なのに3日目にはうまく指が使えないと諦めてしまった。これが本当の3日坊主と言えるものである。

 買い物はこれだけではない。英語の辞書、これはまだ安いからいいが住宅地図(市内を大きく二つ位に分けて収録してある、配達屋さんが使う詳しいもの)は、かなり高い。それを知人・親戚の家にマークを付けながら、主要道から行く道順を辿ってみるのである。

私も故郷は何10年も浦島太郎状態なので、親父の生前に親戚の家の位置や道順を尋ねてみるとしっかり教えてくれた。これは毎年新しいものが出るが、3年続けて買わされた。私が少しでも渋る口振りだと、「俺の金で買うてええからのう」と先回りして付け足す辺りは全くボケておらず、あの認知症状態は何だったんだろうと思われる。
私が90歳を過ぎて(生きていない確率が高そうだが・・・)、親父のようにボケないための愛読書が広辞苑、英語の辞書、住宅地図ということは、考えられそうにもない。きっとその頃は、無料パソコン教室もやめてしまっているだろう。

    今も残る親父の勉強スペース
    今も残る親父の勉強スペース

 今も残る親父の勉強スペースは、

私が折り畳み式テーブルに取り替えているが、当時は古いミシンが机代わりの南向きの小部屋であった。そのミシンはまだ保存してあり、リサイクルに出せばプレミアがつきそうな感じがする。(現にどこでも高い値札がつけられ販売されている。)
とにかく毎日午前・午後の1~2時間のお勉強は、かなり続いたが目が見えづらくなってやめてしまった。眼鏡店で「もう限界」と言われ、眼科に行っても「もう目薬だけの進行防止です」と言われてしまったのが、ヤル気をなくした元であろう。これが他に趣味のない親父を急激に老化に追いやる(促進する)元になった。誰でも趣味や仕事のない方は早く老化し、認知症になることが知られている。目が見づらくなってからも、半年くらいは右手で天眼鏡とタバコを器用に持ち、不自由な左手で広辞苑をめくる。時々タバコを左手に持ち替え、ボールペンを右手に持ってノートをする日々も日課のごとく続いた。

 


そんなある日のこと ウヌ? 何か燃える臭いが・・・

 

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